白子姫には名前がない。
化け竹の産む娘たちの群れの中で、滅多に生まれない白竹色の髪は不吉の象徴として忌み嫌われていた。
白子姫もまた生まれた時から不吉と呼ばれ誰にも良い字を付けてもらえなかったので、なあなあの内に白子と呼ばれるようになっただけだ。
彼女はその特異な容姿に加えて体の育ちが遅く、言動もすぐ下の妹に比べて少々「足りていない」ようだったので、姉姫たちは幼い内から彼女を馬鹿にし、いびり倒した。
役立たずのごく潰しのくせに食い意地ばかり張っていると、飯は日に一食、申し訳程度の量を出されるばかりだったので、白子姫は常に腹が減っていた。
なのでよく山の中に出て、一人野草やきのこを捜しては泥だらけになって帰ってきて、その様が益々いびりを加速させた。
醜いと、あさましいと。
ある時いつものように山から戻って来た白子姫は、けだもののように吼え暴れ、抑える者も皆跳ねのけて、姉姫たちを一人残らず食い殺してしまった。
全てが終わり、妹姫一人だけが残され。正気に戻った白子姫は自分のしでかしたことに恐れ、死を選んだ。
首を刺し、落し、潰し。
それでも死ねない事を知ったとき、それが地獄のはじまりだった。
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「おほしさま、おほしさま、おほしさま。おらをいじめるねえさんたちをころしてください」
それは願ってはいけなかったことだった。
『おほしさま』は罰として白子姫の頭の一部を奪ってしまった。
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正気を失くして上の姉姫たちを全て食い殺してしまった白子姫は死を選び、怪物のようになった右腕で自分の首を刺し貫いた。
けれども白子姫は死ねなかった。何度刺しても、首ごと落としても、恐れ戦いた者たちに首を潰されても。
残った体の分部からまた頭が生えてしまう。
焼いても、刻んでも、どこか一辺でも残っていたらどこかしらから体が生えてしまう。頭が生えてしまう。元に戻ってしまう。
頭は元の白子姫と同じ記憶と人格持っていた。けれども蘇る度にどんどん壊れていった。 妹姫はその様を見かねて白子姫を匿った。
白子姫はそんな優しい妹姫を壊れかけの自分がいつ襲うともしれないことを恐れたので、妹姫は地下の物置穴を牢にして、そこに白子姫を閉じ込めた。
そして二人は約束をした。
――そのうち自分は妹姫のこともわからなくなる。そうなるまでに殺す方法を見つけてほしい。
――わかった。必ずきれいに殺してあげるから、待っていて欲しい。
それから妹姫は毎日一度は姉の様子を見に訪れた。
白子姫は次第に正気でいる時間がなくなって、正気でないときは獲物を前にした獣のようになっていった。
時が経てば、化け竹はまた子を産む。妹姫の更に妹となる娘が生まれる。
何も知らない妹を白子姫に近づけるのは互いにとって不幸だろう。
妹姫はそう考えて、白子姫の牢に通じる穴を自分にしかわからないようにした。
妹姫は賢くなろうと誓った。
これから妹になるものを姉とおなじものにしないために。
いずれ姉だったものを殺すために。
姉との約束を果たすために。
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2018.10.11+書きおろし 『白子姫』の話
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