人形作りを生業とする家に生まれた姉妹がいた。
上の娘が
アンナ、下の娘は
マリーという名であった。
彼女らが家族の影響で人形を作り始めたのはごく幼い頃である。
幼い二人の作品はとても売り物になるようなモノではなかったが、どちらからともなく互いの作品の出来を競うようになった二人は着実に腕を上げ、十代の終わりごろには共に腕利きの人形職人となった。
だが、それから
僅か数年後、
アンナは重い病に倒れた。
それは当時まだ治療法の確立していない病で、
アンナは日に日に弱っていった。
いよいよ
アンナの命も風前の灯火となった頃、彼女は
妹を呼び出してこう言った。
「私が死んだら私にそっくりな人形をつくってちょうだい。私をわすれないで。おねがいよ」
それが
アンナの遺言だった。
残された
マリーは、その遺言に従って人形を作った。
けれど何体作っても何体作っても、人形は思い出の中の
姉の姿にならなかった。
「
姉はこんな顔じゃなかった、こんな髪じゃなかった、こんな目じゃなかった、」
作っては壊し、作っては壊し、そんなあるとき
妹は気付いた。
「そうだ、私が一番
アンナに似てる。私を元に人形を作ろう」
土や木で作れないなら、硝子や羊毛で作れないなら、人間を元に人形を作ればいいじゃないか。
マリーはそう思い立ち、早速それに取り掛かった。
自分の工房に籠り、鍵をかけ。
作って、切り落として、つけて、はがして、作って、刻んで、縫って、抜いて、ねじ込んで、貼り付けて、
……それがもう人間であるはずがなかった。
そんなことをして生きている人間がいるはずがなかった。
でも『それ』は生きていた。
夢中の狂気の中に生きていた。
一月経ち、二月経ち、長い長い年月の後でそれがようやく工房から這い出してきた時、家族は『それ』をばけものと呼んで悲鳴を上げた。
少なくとも、それは姉の
アンナの姿にも、妹の
マリーの姿にも、どちらの姿にも似ても似つかぬ異形だった。
誰からも恐れられて人里を追放された化け物は、それでも少しの間は満足だった。つくりたいものがつくれたと思っていたから。
けれど暫くするとその気持ちが揺らいでくる。
「……まだ完璧じゃない。もっと完璧に作らないと」
もっともっと完璧な姿に。
そう望んで立ち上がった化け物は、もう
片割れの遺言を覚えていなかった。
それから長い間、化け物は自分を作り続けた。
『そうだったモノ』と『つくろうとしたモノ』が混ざり合って、もう自分がどちらだったかすら覚えていないので、いっそどちらも名乗ることにした。
人形師であったことはなんとなく覚えているので、今の自分があるのは多分、人間であることに飽きてしまって、大好きな人形と同じようになろうとしたんだと思う事にした。
完璧になるために沢山継ぎ足した。
体が大きくなって動き辛くなった。
化け物が一人の異国の少年と出会ったのは、丁度そんな時だった。
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2018. 8.21 それの誕生理由、一説
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