小さい頃、ご主人様の部屋の窓からよく顔を覗かせる一匹の猫がいた。
白くて、ふわふわしていて、綺麗な色の瞳をしたかわいい猫。
わたしはその猫に触りたくて、友達になりたくて。ある日言いつけを破って鍵を開けて、その猫を触りに行ってしまった。
猫はきれいなソプラノの声でにゃぁと鳴いて、わたしに興味を示したようだった。"見慣れないいきもの"だから、より興味を惹かれたのかもしれない。
わたしはそれが嬉しくて、猫に思いきり抱き着いた。まっしろで、ふわふわで、ずっと触れたかったその身体に。
……けれどわたしが抱き着いたら、猫は苦しがって、濁った悲鳴を上げて、血を吐いて動かなくなってしまった。
なにがおこったのか、わたしはしばらくの間理解できず、呆然としていた。
やがて覗きに来た"なかま"が「死んでいる」と呟いて、わたしはやっと自分がなにをしてしまったか理解した。
猫は死んでしまった。わたしが殺した。
友達になるつもりだったのに、関係を育む間もなく殺してしまった。
――どうしよう。どうしよう。
何かの間違いであってほしい。でも猫はぴくりとも動かない。宝石みたいだった目は見開かれたままなにも捉えていない。息をしていない。気絶しているわけじゃない。
赤黒く汚れた猫の首元に、それとは違う鮮やかな赤が見える。赤い首輪。どこかの放し飼いの子。ご主人様に怒られる。ご主人様の"かぞく"にみつかる。
ううん、怒られるとかじゃなくて。怒られるのも怖いけどそうじゃなくて……! 猫が……!
どうしよう。……ううん、どうしようじゃない。……助けなきゃ。もしかしたら。"びょういん"に連れて行ったら、まだたすかるかもしれない。"どうぶつのびょういん"があるって、"てれび"でみたことがある。
人間ももう駄目かも知れないって状態から助かることがあるって聞いたことがある。だからこの猫も助かるかもしれない。……ううん、助かるにちがいない。
「つれていかなきゃ」
どこにあるかわからないけれど、"どうぶつびょういん"に連れて行かなきゃ。そうしたらまた動くかもしれない。きれいな声で鳴いてくれるかもしれない。
そう思って猫を運び上げようとするわたしを、"なかま"の一人が止めた。
「だめだよ。そんなに強く引っ張ったらちぎれてしまうよ。片付けるのが大変になる」
ハッとして見てみれば、掴んだ猫の身体はおかしな方向に曲がっていて。わたしはゾッとして手を離す。
"なかま"は私の手を離れた猫の身体を受け取って、いつの間にか他の"なかま"たちが掘った穴の中に猫を転がし落してしまった。
「埋めとけば、わからないから。怒られないから」
"なかま"たちは口々にそう言って、猫に土を被せていく。
わたしはその様子を震えながら見ているしかなかった。
「あなたは他の子より少し力の加減が下手だから、気を付けなくちゃ」
誰かがふとそう言った。誰が言ったかは覚えていない。
言葉だけが、今でも耳の奥にずっと残っている。
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2019. 5. 3 46のおそれたもの
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