昼休憩から戻る途中、珍しく烏貝さんに会った。
"会社"までの長い石段の中腹で、彼女は
煙草に火を点けているようだった。
「烏貝さん煙草吸うんですか」
少し意外に思って尋ねると、彼女は「いいや」と首を振った。
「紛らわしいけど線香だよ。……そういや
喘息持ちだっけか? まあ線香なわけだし、こっちに寄りすぎなければ障らんよ。多分」
「はあ、近頃見かける
嗜好品ローソクの親戚みたいなものですかね」
「その
類だろうね。この手の奴は存外バリエーションがあって見ていて楽しいよな」
彼女は頷き、「でも」と続けた。
「こういうのが案外効いたりするもんだ。攻撃の類が一切効かない奴でも、こういう
見せかけというか
形式というか、そういうものに弱いやつは結構少なくない」
意味ありげに言って、彼女は立上り続ける煙にふぅと息を吹きかけた。
煙は大きく揺らぎ、一時だけ形を変える。その揺らぎの中に、僕は何かを見たような気がした。
「今、何か祓いましたか?」
「いいや?
中乃島くんの気のせいだろ」
絶対に気のせいではない。そう思う僕に「じゃあ」と告げて、烏貝さんは石段を降りて行った。
……たとえ煙草でないにしろ、火のついたものを持ち歩くのは危ないのでは?
僕は少し心配になった。
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