60円45銭

創作のネタとかいろいろ

月晶峰鬼譚・序文

 世界は深い眠りの中。
 月は高々と天に座し、夜を照らす景。 星は煌々と天に輝き、天蓋を埋め尽くす無数の宝石。
 美しき空。静の海。微睡みの地上。
 夜が落ち、夜が更け、夜が明けるまでの優しき真っ暗闇。
 そんな闇の内側に巣食い、夜毎夜毎にゆらりと現れ、人の世に仇成すモノが。 闇を喰らい、闇となって生きるモノが。
  誰に信じられなくとも、誰が信じようとしなくとも。ひっそりと、だが確かにしっかりと存在していた。
 影のように現れ影のように消えていく彼らを、ある者は幽霊と、ある者は怪異と。そしてある者は――鬼と。各々思うが侭にそれを形容した。
  そして今宵、草木も眠る時刻(とき)。 未だ明かりの消えきらぬ、眠らない都市の輝きを遠くに見る郊外の街で。
 闇の中からぞろぞろと。影の中からずるずると。生まれ出でる一匹のモノが在り。
 人気のない歩道橋の下より生じたそれは、鳥獣の鳴き声のようでもあり人の声でもあるような不気味な産声を上げて、アスファルトの地面の上に降り立った。
  身の丈はざっと3,4メートルほどだろうか。人のような体型だ。
 しかし異様に手足が長く、頭には二本の角が生え。不自然なまでに黒一色の体に、二つの丸い瞳だけが紅く爛々と光っている。
  まさに『鬼』と形容するに相応しい姿だった。

 そんな化け物の誕生を、見届ける者が一人。

 それは、少女。
 半月の光を背負い、長い緑の黒髪を夜風に靡かせた彼女は、車通りのない道路の真ん中に仁王立ちしている。
 灯りが切れかけて点滅する外灯に浮かび上がる姿は、セーラー服に包まれた華奢な体躯と、凛とした、だが幼さを残した顔。 姿こそはか弱き乙女のそれなれど、その瞳には強い意志の光を灯した少女の両手には、二本の刀剣。
 一つは白銀に輝く刃、そしてもう一つは鈍く暗く輝く刃。
模擬刀等で無いのなら、明らかに軽くはないであろうそれらの刀を、少女は撥でも持つかの様に携えている。
 何処か、異様な図だった。

 そんな少女を視界に捉え、鬼はぐるるると唸る。 瞳孔をきゅうっと細め、少女に向かって生まれたての子羊のようによろよろと一歩、二歩と踏み出す。
 それはやがて早足に変わり、長い手足を力の限り振り上げ、獣のように飛びかかる。
 鬼の爪が少女の頭目掛けて振り下ろされようとした、――刹那。

「許せ」

 少女はごく小さな声で、しかしはっきりと。誰に向けるでもない言葉を呟いた。
 ――次の瞬間。
 本当に一瞬の出来事だった。あっと言う暇もなく、総てが終わっていた。
 鬼の体は音もなく血飛沫を上げながら、木っ端微塵になって四散していたのだから。
 鬼の残骸は道路一帯を一通り血に染めた後、しゅうしゅうと音を立てて煙のように消えた。肉片も血糊も、鬼の痕跡は全て夢幻の様に消滅した。 後に残るは、二刀流の少女のみ。

「……許してくれ」
 誰も居なくなった往来で、再び謝罪の言葉を口にする少女。
 彼女は一滴の涙をアスファルトに零し、そして何処へかと消えた。

 世界は深い闇の中。
 半分だけの月が天に高々と昇る日の、夜の事だった。

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