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創作のネタとかいろいろ

房語り一夜目~三夜目まとめ

Twitter創作垢で書いてた話の途中経過まとめ。
「水偲」のお房が昔話をするだけ。若干直してる所もあります。




一夜目

 あれは今から四百年以上は前の事でございましょうか。もう大分だいぶ昔の事でございました。
 私はまだほんの子狐で、麓の猟師に追われておりました。

 私にはかかさまと他二匹の兄弟狐がおりましたが、皆散り散りになって生きているやら死んでいるやら。

 私もまた傷を受けて、いよいよこれまでかと、幼心に覚悟したものです。
 それでも逃れられる限りはと逃げて逃げて、どこをどう走ったか……。ふと気がつけば、目の前の断崖に穴が見えました。人にはとても入り込めないような、小さな小さな穴です。
 私は無我夢中でそこへ飛び込みました。そしてそのまま気を失ったのです。

 それから何日が過ぎたのでしょうか。
 私は穴の中で気がつきました。
 幸いにして猟師の姿はもうありませんでした。

 かかさまや兄弟狐の姿を捜しましたが、彼等の姿を再び見つけることは叶いませんでした。
 一日二日と経った頃には、私はこれから一匹で生きていかねばならないと悟りました。
 子供とて獣、それくらい誰に教えられずともわかります。
 しかし獣とて子供。まだ拙い狩りでは満足に獲物もとれず、小さな虫や小さな木の実を漸く見つけては食らう日々を過ごしました。
 そんなふうに過ごしていたもので、私は日ごとにやせ細って生きました。栄養が足りなかったのでしょう、猟師につけられた傷も中々癒えず、その上餌を求めて動き回ったので膿もなかなか乾きませんでした。今にして思えば、狩りが思うように出来なかったの最大の原因はそこだったのでしょう。
 蠅がたかる傷口を見て、やはり手負いの子狐一匹では生きていけないのかと絶望しましたとも。

 そんな時でした。
 私が寝床にしていた穴の近くに、あの山の神様が通りがかったのは。
 白く輝く神々しいお姿を、私ははじめ死神かなにかかと思いました。
 この世のものとはとても思えない、いよいよお迎えが来たのだと。
 他の獣たちが皆かしづいて目を伏せている様が恐ろしい想像を加速させます。
 あれは直視してはいけないものなのだと。

 しかし山神様は死神などてはありませんでした。
 山の木の数えに来たあの方からすれば、偶々死にかけの子狐と目があっただけなのですから。
 その偶々からの気まぐれなのでしょう、山神様は私のことを拾ってくださったのです。
 それから私は山神様のお手伝いをする狐になりました。神様にお仕えする狐といえばお稲荷様を先ず思い浮かべられるかも知れませんが、あの山では山の獣から神様にお仕えするようになったものも沢山おりました。狸も鼬もおりましたし、兎や熊もおりました。
 勿論狐とて例外ではありません。

 ええ。草食の獣も肉食の獣も混在しておりましたが、神の使いは神格の一部を貸与されておりますので仲間と獲物との見境がつきます。使い同士で食い食われの物騒事はありませんでした。
 そんな山神様の力を受けて、私は言葉を解せるようになり、やがて変化の力も授かりました。

 十年ほど経った頃でしたでしょうか。
 私は山神様に直々に指名され、神様が大事になさっている竹の姫たちの世話をする役となりました。

 そう、あなた方の事です。水祢様。
 あなた様にとってはご自身の事です、既にお分かりの事と思われますが……。

 竹の姫は寿命を遙かに越えて生き続ける化け竹より生まれ出でるアヤカシで、土地を豊にする力をもっている存在でございました。
 皆見目麗しい人間の娘の姿をしており、その容姿でもって麓の男を誘惑し、精を搾り取って土地へ還のが竹の姫たちの生態。
 故に山の神々の中には神域の片隅に彼女らの住まう屋敷を作り、死なせぬよう・他の土地へ逃げ出さないよう大事にしている方々が多いのでごぞいます。

 そんな大切なものを扱う大役を任され、私は少なからず……いいえ、とてもとても嬉しく思いました。
 喜び勇んで支度をし、その日のうちにかの屋敷へと向かったのです。

 そう、あの忌まわしくも思い出深き草萼の屋敷へと。

 今日の昔語りはここまででございます。
 お休み穣。
 お休みなさい、水祢様。





二夜目

 草萼の屋敷には当時十人の竹の姫君が暮らしておられました。泉様、浮橋様、春日様、空蝉様、烏羽玉様、清嶺様、笹船様、玉響様、蘇芳様、二藍様……皆水祢様の上の姉上様たちです。
 私ははじめ二藍様のお世話につきました。
 二藍様はその頃まだ七つで、よく鞠つきなどしたものです。

 それから程なくして、零余子様と春告鳥様が立て続けにお生まれになりました。これは良い兆しだそうで、山の中がどこか活気づいて浮かれた様子になったのを覚えております。
 そして春告鳥様が四つになる頃、嶽木様と火遠様が生まれたのです。

 あの時のざわついた雰囲気を、私は未だに覚えておりますとも。なにしろ生まれてきたのは双子で、しかも片方は男の竹姫だったのですから。
 私は大層驚きました。その頃私は男の姫様が生まれるという事を知らなかったのですから。

 どういうことかと当時共に二藍様についていた同僚に聞けば、男の姫様は見た目では他の姫様と変わりない娘のものだといいます。なら何をもって男とするのかと問えば、彼女は渋々と教えてくれたのです。男姫には子袋が無いのだと。
 それは私たち狐狸の類にはわからないものの、同族にははっきりとわかるものだとも。
 そして言わば欠落をもって生まれてくる男の姫様は不吉と呼ばれ、大抵は目も開かぬ内に間引かれてしまうのだと。
 私はそういうものかと納得する一方、生まれたばかりの男姫を哀れに思いました。

 しかし私や同僚たちの想像に反して、その男姫が間引かれることはありませんでした。
 どうも屋敷の長である泉姫様の口添えがあったようで、その男姫は共に生まれた姉君と引き離されることなく、名を与えられ、他の姫様方と同じ様に育てられることとなったのです。

 そんな騒動から何年も過ぎて、屋敷にはまた新しく生まれた姫様方が暮らすようになりました。私は二藍のお付きから外れ、薄紅様のお世話をするようになっておりました。
 何年も共にいて殆ど姉妹のように育った二藍様と離れるのはいくらか寂しいものがございました。二藍様もそれは同じだったようで、共に涙を拭いあったものです。
 尤も、同じ屋敷に居るのですからまたいつでも顔を合わせられるのですけれど……。
 ええ、私も二藍様も若かったのでございます。

 それと殆ど同じ頃、また事件が起こりました。
 山の中へ入った火遠様が瞳を赤くして帰ってきたのです。ええ、文字通り。
 目玉ではなく瞳が真っ赤に変わっていたのです。

 水祢様はご存知ないかと思われますが、お生まれになった頃の、そして幼い頃の火遠様は姉姫様と同じ若竹色の瞳をしていらっしゃいました。
 それがまるで炎の如き赤へ変わってしまったものですから、皆大層驚きました。
 何事かと問い質してもまるで要領を得ず、どうしたものかと思っている内に、やがて御髪までも紅葉の色へと変わってしまったのでした。
 あの頃の火遠様の周囲はそれはそれはバタついておりました。
 十日もする頃には騒ぎは一旦落ち着いたのですが、思えばその出来事が切っ掛けだったのか……火遠様は次第に口数が少なくなり、偶にお見かけしても一人で何事が考えておられるご様子で。
 まあ、急に自分の身体が変わってしまったのだから無理もないと皆が思っておりました。しかし……。

 あの出来事から三十年は経った頃でしょうか。
 アヤカシの数十年などあっと言う間で、しかし皆あの出来事の事を殆ど口にしなくなったある日のこと。火遠様は何の前触れもなく屋敷から姿を消します。
 そうです。外の世界へ、麓の世界へ。ヒトの世界へと行ってしまったのです。

 今晩の昔語りはここまででございます。
 お休みなさい穣、お休みなさい水祢様。





三夜目

 火遠様が出て行ってしまわれたその日、嶽木様は大層お荒れになりました。
 ええ。今の嶽木様からは信じられないような事でございますが、当時の嶽木様は御自分の感情に正直な方でございましたから。
 ……そうですね、御自室の調度品の類を投げたり割ったり……信じられませんでしょう?
 私は嶽木様のお付きではなかったので又聞きなのですが、嶽木様は前日に火遠様から何か言われていたようで……いえ、そうでなくても生まれたときから一緒の姉弟ですから、あんな風にお荒れになる気持ちも、分からないでもありませんでした。
 嶽木様はそれから二月ほど誰ともまともに口を聞かず、殆ど部屋に閉じこもっておりました。

 ……少し、どこかの誰か様の話に似ておりますね。

 …………。
 いえ、申し訳ありません。話を続けます。

 嶽木様が閉じこもってしばらく経った頃、私と共に薄紅様に付いていた相方の狸が麓近くの仲間伝手に聞いたと云う話を教えてくれました。
 それは果たして居なくなられた火遠様の所在に関わる話だったのです。
 火遠様はどうやら、麓に広がる村々をいくつも超えた先のとある寺に居るとのことでした。
 なんでも麓で悪さをして、僧侶に捕まったのだと。

 私はその頃火遠様の人柄についてはよく知りませんでしたので、呆れるやら哀れになるやらで、「はあ」と曖昧な返事をする他ありませんでした。
 しかし相方の様子はというと、私とはまるでちがっておりました。人に変じても尚浅黒いその顔は心なしか血色が悪く、まるで恐ろしいことが起こってしまったと言わんばかりの様子でした。
 そして、彼女は言いました。
「火遠様は鴉の寺に捕まっているのだ」と。

 鴉の寺、その名は私もどこかで聞いたことがございました。
 麓の村々を幾らか越えたところには立派な寺があり、大層修行を積んで強大な法力を授かった御坊がおるのだと。
 御坊は名を閑最と云い、その知識や法力をもって数々の功績を上げ、時の藩主にも貢献し。姓を賜って烏貝を名乗っておりました。
 故に付近の山野に暮らす妖怪たちは御坊を恐れ、その住まう寺を「からすの寺」、「からすの居る寺」と呼んで恐れたので御座います。

 そんな所に捕まっておられるので、火遠様は何か恐ろしい拷問でも受けているに違いない。相方が恐る恐るそう言うので、私も段々と恐ろしくなってしまいました。
 ……本当は想像するような恐ろしいことなどなかったのですが、その時は本気になってしまいまして。
 嶽木様の耳にだけは決して入れぬようにと誓い合って、互いの口の堅さを約束しあったものです。
 ……尤も、その時同じ噂は私達の間のみならずあちこちで囁かれていたものですから、そんな誓いなど立てたところで殆ど意味がなかったのですが。
 人の口に戸は立てられない、とはよく言ったものですね。噂は瞬く間に広まって、あっという間に嶽木様の耳へと入ったようでした。
 しかし嶽木様の反応はというと淡泊なもので、また物を壊すでもなく付き人に当たるでもなく、自室の中で只々じっとしているようでした。

 その話が人伝に私へと伝わってきた頃、私は泉姫様から直々に呼び出されました。

 それはもう驚きましたよ。何しろ泉姫様と言えばこの屋敷で一番偉いお姫様なのですから。私のような下働きとは殆ど関わりもない、あったとしても時折すれ違って会釈する程度の関係なのに、と。
 そんな方が名指しで私を呼びつけるものですから一体どのようなご用かと、それはもう恐々として泉姫様の御自室に向かいました。
 震える声でお伺いを立てて入った部屋の真ん中に、あの方がおりました。
 そのお顔に浮かんでいだ穏やかな微笑みは、今でもはっきりと思い出せます。

 ……水祢様。水祢様は以前、姉姫様たちのことが、特に泉姫様の事が嫌いだと。そう申されておりましたね……。
 それは、今でも変わりありませんか……?

 …………。

 そう、……ですか。……。
 ……いえ、何でも御座いません。

 話を……続けますね。

「突然のことで驚かれたでしょう」
 泉姫様はそう言ってから私をここへ呼び出した理由を話し出しました。
 まず、泉姫様が私を呼び出したのは、山神から遣わされた狐狸の中で私が一番年若いからでした。
 確かに、当時私は齢50を越えた化け狐でしたが、お屋敷の皆の中では一番の若輩者でございました。あまり古いことは知りませんし、幼い頃に山神様に拾っていただいて以来お山の外へも出たこともない世間知らずでもありました。
 そんな私ですので、もしや知らずの内に失礼をしてしまったのでは?と慌てて頭を下げましたが、どうやら泉姫様の仰りたい事はそうではないようなのです。寧ろ一番若輩者の私にこそ話しておきたい事があるのだと。姫様はそう言われ、徐に立ち上がると部屋の畳の一つを押しました。
 驚きました。その畳は隠し扉になっていたのです。そして開かれた扉の向こうには……地下室への階段が続いておりました。

 そして……ですね。水祢様。

 私は水祢様に一つ謝らなければいけないことがございます。
 私は知っていたのです。水祢様。

 水祢様が生まれるより前に、あの日が起こってしまう前に。

 泉姫様が自室の地下へ向かう階段の先に、何を隠していらしたか。
 何を匿っていらしたのか。

 しかし、……しかし。泉姫様は何故誰にも優しかったのか、何故火遠様と水祢様を生かしたのか。

 その理由もまたあの場所に、……そしてあの場所に居た彼女にあったのです。

 泉姫様に導かれるままに降りた地下室。
 そこには一糸纏わぬ姿で鎖につながれている、白い女がおりました。極限までやせ細った身体の右肩からは、弱々しい容姿に似付かわしくない、巨大な……まるでそこだけ異種の怪物に取り憑かれてしまったかのような腕が生えておりました。
 そう、そこは隠し牢だったのです。
 殆ど明かりも届かない薄暗い牢の中に、あの白い異形がいたのです。
 長く伸びきった白い髪の間から血のように赤い瞳を覗かせて、それは瞬き一つせずにこちらの様子を伺っておりました。
 そんな存在を前にして、泉姫様は言うのです。

「あれは私の姉なのです」

 私がお屋敷に来るよりずっと昔、この屋敷には泉姫様よりも上の姉姫様たちが居たのだそうです。
 地下牢の女は泉姫様のすぐ上の姉姫様で、……しかし生来の赤い瞳と白い髪故に名前を与えられず。白子、白子と呼ばれて常に虐げ、蔑まれて来たのだと。
 白子と呼ばれた彼女は容姿に加えて幾らか頭の足りないところがあったようで、幾つになっても幼い言動を繰り返し、それもまた姉姫たちから虐げられる要因となったようでした。
 …そんな暮らしの中で白子の姫様は狂っていったのか、……ある日姉姫たちを食い殺してしまったそうなのです。
 右腕は異形のものへと変じ、古木のように固く刀のように鋭いそれで一人一人……。

 …………。

 その時泉姫様は生き残りました。それはあの方が妹だったからかもしれません。生まれて初めて己を虐げない存在を前に、白子の姫は生まれたばかりの頃の泉姫様を大層可愛がったそうですから。
 白子の姫は姉姫たちを殆ど食い尽くすと、ふっと。一時だけ正気に戻ったのだそうです。泉姫様は大人しくなった白子の姫を殺すか否か悩みに悩んだといいます。
 ……ええ、本来なら生かしておくべきではなかったのでしょう。
 しかし幼き日の記憶からか、その姉が他の姉から受けてきた仕打ちをただ見ていることしか出来なかった罪悪感からか。
 泉姫様には彼女を手に掛けることができなかったのです。
 泉姫様は白子の姫を殺さず拘束し、兼ねてより「いざ」という時のために設けてあった屋敷の地下牢へと彼女を封じました。そして地下牢への隠し階段のある場所を己の部屋とし、かの姉の存在を秘匿しました。
 幸か不幸か、騒動の中で使用人たる山神の遣いは散り散りになってしまっていたので、泉姫様の行動は誰にも知られることはありませんでした。
 
 泉姫様が異端の男姫の間引きを止めたのは、このような過去があったが為だったのです。

 話を聞き終えた私はしばし呆然と立ち尽くした後で、しかし何故その話を今私にされたのかと尋ねました。
 すると姫様は答えます。この屋敷に今も居る狐狸の中には、この姉の起こした凶事を知る者も未だ大勢いるのだ、と。その中には「やはり異端は異端」と、依然として差別の意識を持つものも少なくないのだと。

「異端は異端……私はそうは思いません」

 泉姫様は仰いました。そして私を振り返ると、今現在閉じこもっていらっしゃる嶽木様は、ご幼少の頃一部の使用人に男姫の双子の片割れという出自から嫌味を言われていたのだと教えてくださったのです。
 件の使用人たちには既に灸を据えて嶽木様の周囲からは遠ざけているそうですが、嶽木様はその事が原因で弟君の火遠様の事以外の姉妹や使用人をあまり信用していないようなのだとも。

「……今の嶽木の様子は、おかしくなってしまわれる前の姉様に似ています。あの子にはそうなって欲しくないのです。だから私はこの屋敷の過去を何も知らない貴女にこそお願いしたい」

 泉姫様はそう言って、こちらが申し訳なくなってしまうほどに深々と頭を下げられたのです。

 そして私は薄紅様のお付きを外れ、単身嶽木様のお側に行くこととなったのです。

 今日の昔語りはここまででございます。

 ……水祢様、そう拗ねないで下さいな。
 あの方と過ごした時間も、水祢様と過ごした時間へ繋がる大切な過去なのですから…。

 ……ええ。ええ。……あい。わかりました。

 おやすみなさい、水祢様。
 おやすみ、穣。

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