60円45銭

創作のネタとかいろいろ

「翼」

*若干アレのあの辺のネタバレ注意*

 これからお話しすることを、どうか笑わないで聞いて頂けますか。
 もう何年から昔の話でしょうか。おそらく、わたくしがあなたと最後に会ってから後のことなので、百年近くは昔のことになると思います。



 羽が、生えるのです。

 ……ええ、突拍子もないことを云っている自覚はあります。
 ですが、これは冗談でもからかいでもなく、全くの真実なので御座います。
 私とあなたが会わなくなって後から、私の躰には、羽が生えるのです。
 きっかけは、……一体何だったので御座いましょう。
 私にもはっきりとは判って居りませんが、今になって思い返せば、たった一つだけ心当たりが有るように思われます。

 ある晩のことです。
 私は二階の自室の窓外に、幽かな光を見つけました。注視しなければ気付かないような、消え入りそうな光でした。ですから偶然……そう、偶然のことです。何の目的もなく夜景を眺めていた私がそれを見つけたのは、ほんの偶然のことだったのです。
 遠くに見える街の灯りよりもずっと小さく頼りない光。それはどうやら我が家の庭にある池の傍から発せられているようでした。
 私の記憶違いがなければ、池の傍にあのように光るものは無かった筈。不審に思った私は、確認のため一人屋外へと出て行ったのです。
 そうして降りた庭先で、私はその光と出逢いました。遠くで見る分には何とも頼りない光でしたが、間近で見るそれは、とても力強く輝いて居るように見えました。
 その光は……何と形容したら良いのでしょうか。敢えて例えるなら、まるで天蓋から零れ落ちてきた星のよう。空に見えるままの大きさの星がそのまま降りてきたような、そんな不思議な……そして美しい光でした。
 そんな光に、私は思わず手を伸ばしました。ええ、例え目に美しくとも得体の知れないモノに対して、何とも不用心だったと思います。
 しかし、それは私の指先が届くより先に一際強く瞬いたかと思うと、次の瞬間、私の目の前から消え失せていたのです。
 跡形も残さず、忽然と。
 その時の私は、まるで何かに化かされたような、夢でも見ていたかのような気分で居りましたが……今になって思えば、あの出来事がきっかけだったのでしょう。

 それからです。私の躰に羽が生えるようになったのは。
 あの光を見てから何日か後、私の頭髪の一房が鳥の産毛のように変わりました。それは数日かけて変化を続け、遂には鳥の翼のように変わってしまいました。
 変化はそれだけに留まらず、そこから一房、また一房と、頭髪が翼に変わって行きました。
 頭髪が一通り変化すると、私の耳先にも少しずつ羽毛が生え始め。終いには足からも腕からも、どこからでも羽が生えてくるようになったのです。

 ええ、ええ。この際だからもう白状いたしましょう。
 私はもうあなたの知る私ではないことを。はっきりと告白してしましましょう。

 私の躰には羽が生えているのです。いいえ、正確には今このときも絶えず生え続けていると云った方が正確でしょう。
 ……ですから、私の姿はもう以前の私ではありません。あなたが美しいと褒めて下さった髪も、手足も。……顔すらも。もう私のそれではないのです。

 ねえあなた。あなたは今日ここを訪れて、何故私が部屋の明かりを落としたままなのか、それを問いましたね。……もうその理由はお分かりでしょう。

 ……帰って、下さい。
 私は嫌なのです。あなたにこの醜い姿を見られたくないのです。ですから、お願いです。
 あなたが久方ぶりに訪ねてくださると聞いて、私は嬉しかった。けれど、それ以上に恐ろしかった。私のこの姿を見られるのが恐ろしくてたまらなかった!

 知っています。あなたは優しい方。どこかで私が塞ぎ込んでいると聞いて、見舞いに来て下さったのでしょう。……判っています。あなたとは旧い付き合いですから。
 ……だから、どうか。帰って下さい。
 あなたが来てくれて、私は嬉しかった。今でも嬉しい。……久々の再会ですもの。部屋の明かりを点けて、あなたの顔を見たいと思ってしまう。
 ですが、……ええ。そうしたら。
 あなたに私のこの姿が、見られてしまうのです。

 ――お願い。帰って。

 くにに帰って、私のことはもうお忘れになって下さい。
 ……判っています。こんなことを云ったところで、あなたが決して私のことを忘れないだろう事なんて。判っていて云うのです。……私は狡いですね。

 ねえ、ですから、優しいあなた。
 せめて、今日のことは誰にも秘密にしておいて欲しいのです。
 私だって、いつまでもここに籠もっている訳には行かない事くらい承知しています。時がくればどんな姿であっても表へ出て行かなくてはならない事くらい、ちゃんと判っています。
 だから、その時が来るまで。……この醜い姿を大衆に晒す勇気が出るまで。秘密にしておいて欲しいのです。

 どうか、どうか。

 その時が来るまで、どうか。強く優しい火の星の王様。


 ……私の姿を見ないで。

***

 ……本当は気づいていた。暗がりに慣れた目の先に居る彼女の姿に。
 けれど、終ぞ言い出せなかった。

 彼女は終始、さめざめと泣いていたのだ。

 私は知っている。
 彼女の姿が、彼女が語るほど醜悪なものでないことを知っている。
 細い躰のあちこちから無秩序に羽を生やした姿は醜い獣のそれではなく、寧ろ神話の中に出てくる創世の黄金鳥のように美しかった事を知っている。

 ああ、哀れな彼女。
 彼女が変化した自らの姿を忌諱するのは、紛れもなく私の所為だ。
 私が彼女の以前の容姿を美しいと云ったから。……だから彼女は、変貌した自らを、特に私に見られることを恐れたのだ。

 ……だから、だからこそ。私は彼女にはっきりと伝えるべきだったのだ。

 今の姿の方が美しいと。あの場で、きちんと。

 だのに私は逃げ出したのだ。彼女の涙を前に逃げ出したのだ。
 ああ、なんと非道い事を。哀れな彼女。愚かな私。

 私は唇を強く噛み締め、月の王宮を後にするのだった。

 どうか彼女がこの情けない姿を見ないようにと祈りながら。逃げるように、逃げるように。

 すまない、すまないアムナリリウム。
 こんな私の姿を見ないでくれ。


*****
2014. 4.28 アムナとジオトリウムの話

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